今回は、育児について私が読んだ本をご紹介します
我が家には2歳の娘と0歳の息子がいますが、みなさんは育児の悩みはありますか?
殆どの方が育児に関して何かしらの悩みやストレスをお持ちなのではないでしょうか?
- 「子どもがわがままでイライラしてしまう・・・」
- 「全然言うことを聞いてくれない・・・」
- 「よその子はきちんと座ってられるのに、うちの子だけ走り回っていた・・・」
- 「好きなものだけ食べて、野菜を食べてくれない・・・」
このような悩みを毎日のように聞きます
なぜなら、私の妻が言っているからです(笑)
私自身は、育児でそこまで深い悩みは持っていなかったのですが(子どもってそんなものかなぁと^^;)、妻が上記のように日々思い悩んでおり、どうしたらその悩みを和らげることができるのか、それが私の悩みでもありました
そんな時、パパ友から紹介頂いた本がこちら↓↓↓
子どもにとっての乳幼児期は、人間の基礎をつくるもっとも重要な時期です。児童精神科医の著者が、臨床経験をふまえて乳幼児期の育児の大切さを語る、育児に関わる人の必読書です
福音館書店HP
日々育児でイライラが止まらない方、なんでうちの子だけ・・・、などと思い悩んでいる方には是非読んで頂きたい本です
私の妻も、心が救われたと言っておりましたし、私自身も改めて子どもへの向き合い方を考える非常に良い機会になりました
以下では、本書を読んで心に留まったポイントを纏めたいと思います
気になった方は是非本書をお手に取って見て下さい。きっと心が軽くなると思いますよ
育児で大切な気持ち
「育児で大切な待つという気持ち」
- 育児をする上で最も大切なことは、子どもに生きていくための自信を持たせてあげること
=子どもにとって、最大のサポーターであり、理解者が親であることが子どもにも通じればそれでよい - あとはイライラしたり焦ったりしないで、じっくり育児に取り組めばいい
=成長や発達をゆっくり待ってあげる姿勢を親が持っていると、子どもにも忍耐強さが身につく - 待ってあげる姿勢は、子どもを十分信頼しているという気持ちを伝えることにもなる
=子どもは自分が全面的に受容されている安心感を得て、自信や自立につながる
→全面的に受容される経験を持つと、子どもは人を信頼していけるようになる
過剰期待の弊害
「過剰期待は子どもの自由な発達のさまたげ」
- 子どもに対する過剰期待というのは、子どもの将来をより豊かなものにしてあげたいという、相手に対する思いやりや愛情のつもりかもしれないが、子どもが感じている心理的意味は、拒否されていること
- 現状のあなたには満足していないということを、別の表現で言っていること
→自分で何をしたいのかという気持ちを失い、指示や束縛の中でしか行動が取れなくなってしまう
→自発性や主体性が育たなくなってしまう
- 成果を気にせず、淡々と早期教育をすることはいい
- 子どもに与えるだけで、いやなら振り向かなくてもいい、結果を問わない姿勢
(結果を問う=早期教育の成果を親に返してもらうことを期待している) - 親の喜びのため、子どもを自己愛の対象にしてしまわないこと
反抗期の捉え方
「反抗期は次の成長を準備するとき」
- 子どもは自分を確立していくために、たえず依存と反抗を繰り返す
- 子育てのやっかいさは、親に依存してきながら、それでいて反抗してくること
- しかし、子どもに依存されることは、本当は親にとっては喜び
- 子どもは親を信じているから反抗しているのだと、認識していればいい
- 反抗期は幼い子どもにとっては、相手に安心できるから反抗できる
→相手を信じて、安心して自分の言いたいことを言ったり、やってみたいことをやっている
→そういう機会を奪われると、「自分」というもの、自主性や主体性が育たない
赤ちゃんの要望に対して
「赤ちゃんが望んだことは満たしてあげる」
- 赤ちゃんが望んでいることならば、何をどれだけしてやっても、やりすぎということはない
→乳児期の育児に過保護ということはない - 乳児が自分でできる努力というのは、泣くことだけ。泣くことで親をはじめとした周囲の人に自分の希望を伝える
→伝えた希望が望んだとおりに叶えられるほど相手を信じ、その相手をとおして多くの人を信じる
→自分で希望を持ち、努力をすれば、多くのことは実現する、得られることを教えてあげる - 従い、赤ちゃんの求めに応じて、そうなるようにできるだけ配慮してあげることが大切
→育児をする人のペースに合わせようとしたり、自分が安心感を得るために行うことは、赤ちゃんにとって苦痛になり、基本的信頼感を育てるにはマイナスになる - 赤ちゃんは泣くことが努力なので、泣き続ける子どもの方が努力家、努力をする素質があるということ
→よく泣いて手をかけさせる赤ちゃんのことを、育てにくい子だと思ってはいけない - いくら泣いても、親が気づかなかったり、面倒がったりすると、子どもは泣いて訴えなくなる
→それは忍耐強い、我慢強い子になるということではなく、泣いたって、叫んだってダメなんだというある種の不信感と自分自身に対する無力感をもって、おとなしくなっているだけで、順調な発達ではない - 親に手をかけさせる子どもは、愛情をかけてやる機会が多いということなので、長い目で見れば本当は育てやすい子。小さいときに親を楽にさせてくれる子がいい子だと思うことは、親の思い違い
- 親はライフサイクルのどこかで、一度は思い切り子どもに心や手をかけなくてはならない。子どもの出すサインを正確に読み取ってやれば、子どもは順調にのびていく。小さいときに手をかければかけるほど、早くから順調に育っていくもの
過保護について
「過保護についての誤解」
- 子どもの望んだとおりに、あれこれ満足させてあげることは過保護になって、しつけをしそこなってしまう、過保護は子どもに依頼心を大きくして、自立の妨げになると思っている人が多い
→子どもを過保護でダメにした、育てそこなったということは本当はない - 過保護とは、「子どもが望んだことを望んだとおりやってあげて、やりすぎること」
→これを満たすことは実際には大変で、滅多にできることではない。たいていは、子どもの希望や要求を拒否したり、無視していることが多い - おんぶや抱っこを求められるたびにしてあげたからといって、子どもが歩かない子になったということはない
→おんぶと言った時には、おんぶしてもらえる、抱っこと言った時に抱っこしてもらえた子どもの方が、本当は安心してしっかり歩くようになるし、精神的に自立していく - 子どもは要求が満たされると、それ以上要求をエスカレートさせてこない
→親が様々な理由をつけて要求を拒絶していると、いつまでも要求し続ける - 但し、あまり子どもの希望や要求を聞いてあげなかったのに、ある時期から急に子どもの要求を満たしてあげようとすると、一時、示しがつかないほど、あれこれ要求してきて途方に暮れることがある
→このような状況を私たちは「過保護が子どもをだめにする」と錯覚や誤解をしてしまう - 乳児が人を信じるということは、親や周囲の人がそのとおりに要求を満たしてあげれば、いろんな人を信じる力がしっかり身についていく
→もっと大きくなってから、子どもが自分でやればできるようなことを、してもらったからといって、必ずしもそんなに大きな信頼感にはならない。乳児期から早期幼児期が、最も感受性が豊かに育つ - 幼い時であればあるほど、子どもの要求や希望が豊かに叶えられるということがとても大事
→乳児期、早期幼児期くらいまでは、子どもの要求というのはひとつも無視しないで、全部その通りにしてあげればいい、というくらいの気持ちをもっている必要がある
自立へのステップ
「幼児期は自立へのステップの時期」
- 幼児期の後半の子どもはいたずらざかりで、たえず活動している。自分のやることを自分で決めて、楽しみながらのびのびとやってみる。危険なことは親や保育者に守られ注意されて、安心しながらやってみる
→大きくなった時、社会集団で自分で考えながら行動すること、相手を思いやりながら行動できることは、この頃から自分で感じ考えたことを、安心できる大人に見守られながら、十分にやってみるという経験なしにはできるようにならない - 大切なことは、生き生きと楽しく意欲的に考え、行動し、学ぶという感性の習得
→好奇心をいっぱいもって、自然など周囲の対象を探索しながら、「感じ」、「考え」、自分の生命の充足感を体験する習性のようなものは、大きくなって急にできるものではない - いたずらをどれくらい十分にさせてやれるかが、子どもたちに独創的な創造力や自発性をどれくらい育てられるかのかの鍵。子どもの行動は科学者の実験と同じで、何度もくり返して、同じ結論を何回も得た時に、やっと納得する。そこに新たな真実や心理をやっと発見する
→大人はつい、「何度言えばやめるの!」などと叱ったりするが、子どもたちにとっては、何度も何度もくり返しやり続けるところに意味がある - 4-5歳から就学にかけての時期に子どもは親しい仲良しの友達を欲しがり、仲間との新しい世界の中で、新鮮な好奇心や探求心や知識欲などを満足させて、更に新たな感動を体験したがる。自分の手に負えるか分からない不確実なことやちょっと危険そうなことを、自分たちの判断で計画して実行するようなことは、親しい信頼のおける友達と一緒だからできる
→子どもの自発性や自主性、そして、探求心や創造性などの意欲的な活動の源泉は、友達なしには育ちえない - 子どもは自分自身を知るためにも友達が必要。遊びの中で、遊び相手と自分の意見や考え方が時々違うことに気づき、自分の取るべき態度や役割を自覚し、臨機応変に対応できるようになっていく
→相手を理解することと自分自身への認識を深めることを、同時並行的にやっていく
しつけとは
「しつけはくり返し教えること、そして待つこと」
- しつけというのは、こちらの希望や社会のルールを子どもに伝えること
- 子どもの自尊心を傷つけるようなやり方はしつけではない
- そもそも、大人と子どもなので、対等ではない
→「子どもがいい子でいてくれたら、こちらも言うことを聞いてあげる」というのは、大人と子どもの関係では成り立たない - 教え伝えるまでがしつけの役割
→こちらの希望を繰り返し伝え教えながら、子どもが上手にできるようになるのはいつか、楽しみに待っていてあげる気持ちが大切
=上手にできるようになる時期は自分で決めればいいと言ってあげたり、そういう態度で接してあげること
=いつかできるようになるだろうという期待だけで、急ぐことなく、大切なことを伝え続ける - 繰り返しきちんと教えて、それらが実行できる時期はゆっくり見守ってあげながら、できるだけ子ども任せにしてあげる
→子どもからすれば、大切なことはくり返しよく教えてくれて、上手にできるようになるのを、焦らずにいらだたないでじっと待ってくれるから、親や保育者に対する信頼感と尊敬の気持ちが育つ - しつけは自尊心を豊かに育てながら、社会のルールを守り、文化を継承し、やがて文化の創造に積極的に参加していく子どもを育てる、ということ
→そのために大切なことは、教えるべきは伝えるが、子どもの中にそれを積極的に実行しようとする気持ちや機能が熟してくるのを、子ども任せにして待っていてあげること
→その時期は子どもに決めさせてある、自分を律することができる時を、子どもに決めさせてあげること
まとめ
本書のエッセンスをいくつかご紹介しましたが、いかがだったでしょうか
自らの育児を顧みてハッとしたり、焦っていた心が救われたりすることばが沢山あったのではないでしょうか
本書では、育児(特に乳児・早期幼児期)の基本原則として、以下が述べられていました
- 可能な限り、子どもの要求を満たしてやるように心掛けながら育てる
- 乳児期に人を信頼できると子どもは順調に育つ
私もこれらのことを意識しながら、育児に向き合っていきたいと思います
本書が気になった方は、是非一度手に取って見て下さい
共に育児、頑張っていきましょう!